やりたいことは、見えている。わかっている。
ブログを書きたい。
これからの働き方も考えたい。
旅行にも行きたい。
自分の時間をもっと大切にしたい。
なのに、動けない日があります。
頭では「やった方がいい」とわかっているのに、気づいたらスマホを見て時間が過ぎていたり、眠くなって昼寝をしてしまったり。
そんな日は、
「今日も何もできなかった・・・」
と、自分を責めてしまいます。
でも最近、少し違う見方ができるようになってきました。
動けない日は、本当に「何もしていない」のか
先日も、やっとの休みの日、
ブログを書こうと思っていたのに、なかなか取りかかれない日がありました。
仕事のことも頭に残っていたし、相続のこともあった。
家のこともある。
やりたいことはあるのに、気持ちがそちらに向かない。
「せっかく時間があるのに、もったいない」
そんなふうに思っていました。
でもその日の終わり、私は結局、寝ないといけない時間になって、
仕事で必要だった口腔ケアのアンケート集計をしていました。
ブログは書けなかった。
でも、何もしていなかったわけではなかったんです。
むしろ、頭の中に残っていた「やらなければならないこと」をなんとかひとつ片づけていた。
そう考えると、
止まっていたように見えて、実は止まっていなかった。
ただ、自分が予定していた方向に進んでいなかっただけでした。
「やりたいこと」と「やらなければならないこと」が同時にある
50代になると、自由な時間が増えるようなイメージがありました。
子どもも少しずつ手を離れ、自分の時間が持てるようになる。
でも実際には、仕事の責任は増えたり、親のことや相続、お金のこと、自分自身の体調のこと。
若い頃とは違う種類の「やらなければならないこと」が増えてきます。
だから、
「時間がある=自由に動ける」
ではないんですよね。
身体は家にいても、頭の中ではずっと何かを考えている。
休んでいるつもりでも、完全には休めていない。
そんな状態なら、「やりたいこと」に向かうエネルギーが残っていない日があっても不思議ではないと思います。
動けない自分を責めると、もっと動けなくなる
私は以前、
「時間があるのにできない自分」
に対して、かなり厳しかったと思います。
もっと頑張らないと。
せっかくの休みなのに。
ブログも進めたいのに。
そうやって自分を急かしていました。
でも、自分を責めてもエネルギーは増えません。
むしろ、
「今日もできなかった」
という気持ちが積み重なると、次に始めることまで重たくなってしまいます。
最近は、
今日は何にエネルギーを使っていたんだろう
と考えるようにしています。
仕事のことで悩んでいた。
誰かとのやり取りで気持ちを使った。
家のことを片づけた。
身体が疲れていて、眠る必要があった。
そうやって振り返ると、「何もしていなかった日」は意外と少ないことに気づきます。
止まっても、また戻ればいい
今回、久しぶりにブログの記事を公開しました。
しばらく止まっていたけれど、また書くことができました。
そのとき思ったのは、
止まらないことより、戻ってこられることの方が大事なのかもしれない
ということ。
毎日一定のペースで続けられる人もいると思います。
でも私は、仕事や生活の状況によって立ち止まることがあります。
それでもいい。
また書きたいと思ったときに戻ればいい。
少し休んで、また始めればいい。
その繰り返しでも、前には進んでいる。
今はそう思っています。
それでも、自分のやりたいことを忘れたくない
止まる日があってもいい。
休む日があってもいい。
でも、自分が何をしたかったのかだけは、忘れたくないと思っています。
誰かのために使う時間。
仕事に使う時間。
家族のために使う時間。
それも大切。
でも、その中に少しずつ、
自分のために使う時間
を増やしていきたい。
ブログを書くことも、旅行に行くことも、好きなものを見つけることも。
きっと全部、自分の人生に戻ってくるための時間なんだと思います。
やりたいことは見えているのに、動けない日がある。
そんな日は、
「また止まってしまった」
ではなく、
「今は少し立ち止まっているだけ」
くらいに思えたらいい。
そして、また戻ってくればいいよね。
私は今、その練習をしている途中です。

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